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STORY
Makino Urushi Designの軌跡と針路
2023.11.30
Makino Urushi Designでは、エルメスジャポン社長、エルメス本社副社長を歴任した齋藤峰明氏に、ブランドの立ち上げ時よりブランドアドバイザーとして参画いただいています。
ブランド名「Makino Urushi Design」の名付け親でもある齋藤氏と、牧野漆工芸の次期4代目の牧野昂太が対談。これまでの私たちの取り組みと、これからの展望について語ります。
齋藤峰明氏
シーナリーインターナショナル代表、エルメスフランス本社前副社長。
パリ第一(ソルボンヌ)大学芸術学部卒業後(株)三越パリ駐在所長を経てエルメスフランス本社に入社。
1998年エルメスジャポン社長に就任。
2008年には外国人で初めてフランス本社副社長を務め、2015年に退社後、シーナリーインターナショナルを設立、代表に就任。
現在パリと東京をベースに、企業のブランド戦略のコンサルティングのほか、日本の新しいライフスタイルの創出と世界への発信の活動を行う。
―そもそも漆とは?
牧野:漆とは、漆の樹から採取される樹液で、それを精製したものを漆職人が神社仏閣や仏像、器などに塗って使います。日本では世界最古の漆が発見されており、その抗菌性の高さから生活の道具に使われてきたのはもちろん、耐水性や防腐力も兼ね備えているので、文化遺産の保存や修復にも取り入れられてきました。
齋藤:世界では、中国の漆が古くからヨーロッパの王朝貴族の家具などに使われていましたが、1900年のパリ万博に日本が漆器を出品したことをきっかけに、日本の漆も世界に知られるようになったそうです。漆は自然素材でありながら非常に耐久性が高いことから、実用的な塗料として世界でも重宝されるようになったんですね。第一次世界大戦の際、フランスでは戦闘機のプロペラに漆を塗って強化していたそうですよ。
しかし、現代ではプラスチックや合成塗料など、漆より実用性に優れた素材が多く出てきたことで、漆の需要は激減しました。そんな中、Makino Urushi Designはこれまでにない芸術的な漆を提案し、インテリア素材としての新しい漆の魅力を作り出したことは非常に革新的ですね。
―Makino Urushi Designの立ち上げ
牧野:最初は私たちも、仕事では伝統的な朱色や黒色の漆塗りだけを手掛けていました。今のような新しい漆の仕上げは、職人たちが10年以上前に遊びで作っていたもので、誰の目に触れることもなく隅に置かれていました。2020年に私が家業に入った頃にそれを見つけ、何かに使えないかと考え始めたのがMakino Urushi Designの始まりです。
齋藤:ほころび一つない鏡面仕上げが美とされてきた漆の世界で、普通なら失敗だと言われるひび割や縮みを敢えて取り入れた新しい仕上げは、漆の常識を覆す挑戦ですね。その後、Makino Urushi Designはどのようにして世に知られるようになったのでしょうか。
牧野:京都中央信用金庫のものづくり支援事業「Inspiration of Kyoto」に参加したことがきっかけでした。フランス人デザイナーのGarnier&Linkerとペアを組み、私たちの新しい漆仕上げを活かした花器を製作し、フランスでの展示会で発表しました。
私も職人たちも、これまで多様な仕上げを作り出してきたにも関わらず発表する場がなくくすぶっていたところだったので、やっと世の中に発表できたことがとても嬉しかったです。
この経験をきっかけに職人たちにもより一層熱が入り、漆と様々な素材を組み合わせたり、色を変えたり、次々と新たな仕上げを作っていきました。今では300種類以上のラインナップがあります。
齋藤:職人一人ひとりがたくさんのアイデアを持っていて、日々自由に新しい仕上げを作り出せる環境が、Makino Urushi Designの独創性の基盤になっているんですね。
この革新的な挑戦は、3代目のお父様も応援してくださっていたのでしょうか。
牧野:伝統的な漆塗りとは全く違うもので、ひび割れなど普通は失敗と言われるような仕上げだったので、最初は「こんな恥ずかしいものを世に出したくない。」とまで言われました。
しかし、Garnier&Linkerや齋藤さんなど外部の方からお墨付きをいただけたことで徐々に意識が変わっていき、最終的には「責任は俺が取るから、好きにやったらいい。」と言って背中を押してくれました。それを聞いて私自身も「やるからには必ず成功させよう。」と気合が入りました。
齋藤:4代に渡る歴史と、金閣寺などの重要文化財の修復を手掛けてきた確かな技術を持つ漆屋が、敢えて伝統を壊す挑戦をしているという点が、Makino Urushi Designの唯一無二の強みですね。歴史や技術が基盤にあるからこそ、新しいことを始めても建築事務所やデザイナーからも信頼を得られる。Makino Urushi Designというブランド名は私が名付けたわけですが、このブランドを象徴する言葉として、Makinoは代々続く職人の会社の屋号、Urushiは日本の伝統文化を象徴するかけがえのない素材と技術、そしてDesignは漆の未来に向けての可能性と革新的なデザインとの融合を表す、この3つの言葉をセレクトしました。
私は今までいくつものブランドやものづくりの職人のアドバイザーを務めてきましたが、アドバイスをそのまま素直に受け入れられる人はそう多くありません。今までに経験がないことを勧められても本当にうまくいくのか自信が持てず、続かないことも多々あるんですね。そんな中、Makino Urushi Designは遊びから始まっているから、自分たちで考え、自分たちを信じて取り組んでいる。だからこそ、ここまで飛躍できているのだと思います。私は初めてMakino Urushi Designの漆を見た時から、海外で反響を呼ぶに違いないと確信していたので、実際に海外で活躍される姿を見れるのはとても嬉しいです。
―これからの展望
牧野: 私がこのような新しい取り組みを始めた目的の一つは、若い職人が活躍できる環境を作ることです。漆職人を育成する学校は京都にもありますが、せっかく学んでも卒業後に実際に漆職人として就職できる人は多くはありません。学生を受け入れる側の企業に余裕がなく、門戸が狭いんですね。漆業界がこれから再興していくためには、マンパワーが不可欠です。これからMakino Urushi Designが新しい取り組みを拡大していくことで、若い職人の夢を拾ってあげられる場所を作りたいと思っています。
齋藤:漆は1万年以上もの歴史がある世界でも類を見ない素晴らしい素材であるにも拘わらず、近年では衰退傾向にあります。私はエルメスという歴史と伝統を重んじるブランドに携わってきたからこそ、ぜひこの漆という文化をもう一度再興し、世界に打ち出していってほしいと思います。これができるのはMakino Urushi Designだけだと思っていますし、これからの漆文化を率いていく存在になってくれることを期待しています。